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〜星のせせらぎ 太陽と月〜

こころ・身体・魂の結び、笑顔・健やかさ・喜びと共に、 “命”を育むことへの想い・魂の声に耳澄ませ、こころ通わせ、源との繋がりを大切に、日々勤めています。 出逢うという奇跡、ご縁のあったみなさまとのお時間、空間にて…その場で起こる対話・気の交流に寄り添って、ご一緒に過ごす時が、みなさまにとって、一生の宝物へと結ばれますように、祈りと願いを込めて。

「ある」ことと「ない」こと

〜「ある」ことと「ない」こと〜

 

 

例えば、一日24時間、一年365日(366日)という時で言えば、

世界共通の(時差は置いておいて)ものになっていて。

 

 

『私は、一日10時間なの♡』

『僕は35時間だ♫』

 

なんてことになったら、混乱(笑)

 

 

その世界共通の単位の中に、

皆それぞれで、自分の世界を奏でてて。

 

時間の使い方、過ごし方

人それぞれのテンポ・リズム

 

がある。

 

人との関わりを通して

自分を知っていく

 

という繰り返しがある。

 

 

心臓のドクンドクンという動き、脈、

自分でコントロールは出来ないし、止めたり動かしたりも自分では出来ない、

けれど、“自分の身体”

自分では、どうにもこうにも、無理なもの。

 

自分からの働き掛けが一切、出来ない所もある身体と一緒に過ごしながら、

日々生まれ変わる細胞の進化もあって。

 

 

目では見え「ない」けど、確かに「ある」

進化と生きる命の育み。

 

 

こういう身体の営みや、命の育みの中にある姿、

そして、自然と共にある姿に、

ないも、あるも、共鳴して、共有してる。

 

 

その姿と同じように、様々な場面で、

無理なものは、無理、はあって、

無理と分かる=無理が「ある」となったから、

無理の「ない」ものに辿り着いて。

 

その「ない」から、新たな「ある」が生まれる。

 

トーリー、物語のように、紡がれる。

 

 

「ない」「ない」と、目で見えるものだけに、焦点を当て過ぎて、気を揉むのではなくて、

「ある」「ある」が生まれるサインだって、感じられたら、

何が生まれるかな?に、ワクワクを観じて発掘するように、波に乗りながら、身を任せる。

 

 

「ある」は「ある」で素晴らしいことだから、その「ある」を思い切り、発揮されたい時は発揮して、

その中、やっぱり、「ある」に焦点を合わせ過ぎていけば、そのあることで、「ない」が生まれるのも自然なこと。

偏り過ぎたかなぁって、感じた時に、「無い」に気付きを起こしたら、それはそれで、自分にとってのギフトになるもの。

 

 

例えば、予定という時間が「ある」有り難さと、その分、自分を労わるという時間は、減る、少ない、「ない」がセットになっているような。

 

 

目に映るもの、観じるもの、それは、自分の中で起きていること

 

「ある」ことと、「ない」ことに、

一喜一憂するのでは無くて

 

あるとないのバランスや、その先に、

論理や矛盾うんぬんの先に、

真のメッセージ、真実がある✨

 

ということを、ふとした時にでも、観じられると、

ー自分に還れる

 

 

ある出来事や人の言葉一つ一つに、反応する自分が居たのなら…

それをキャッチする心の感度やセンサーが、そこに反応するようになっているということ。

 

 

自分の心の中の模様が、

その出来事や人の言葉と共鳴共振してるから、

自分は受け取っているということ。

 

 

その情報が知りたいと、そこに意識を持つから、その情報に目が止まるようになったり、情報が入ってきたり、

そこに行きたくないなぁと感じれば、その場所には行かなくなるように、その場から自然と離れていくように。

 

 

良い悪いでは無くて。

 

 

出来事や人からの言葉を通して、

キャッチしている中に、

自分のあるとないを観じて、

今、自分に必要なものか、そうでないのか、

選択していく。

 

 

日々の日常に、焦ったりする必要もないし、

このタイミングだから、こういう時ですよ、あぁですよ、

という、外からのモノに、重ねようとし過ぎず、

 

ーなるほど

ーふむふむ

 

…それで…「自分はどうかな?」を観じて。

 

 

遅過ぎるとか早過ぎるも、自分の心の中のこと。

 

 

ー思い立ったら吉日

 

人それぞれの、その人にとっての、最適・最善は、いつでも起こせる。

 

 

ーいつからだって、始められる

ーどんな時だって、方向転換出来る

 

そして、

自分って、こうだ、とか、

私はこれしたい、

僕はこれを目指す

 

ってことが、叶おうと叶わまいと、

どちらにせよ、「ある」「ない」はあって。

 

ー叶っても叶わなくても

 

くらいの時が、実は、スムーズにことが運ぶことがあったりもして。

 

楽しかったりして♡

 

 

あるとないを超えた先の真理

に通ずるのかな。

 

こういう時、

目で見えないものが観える時

に、なったり、

分からなかったことが分かって、変われる時、変わる時

に、なるのかな。

 

 

 

なくなったことで、

自分の頭の限られた範囲の枠から越えた価値観や認識、

行動が生まれ、そこで味わえる・体験出来る世界も「ある」

 

 

「ある」ことで、そのあるものを発揮出来たり、あるを表現出来る世界も、あるけれど、

そのあるを注いでいる間は、他のものは、使え「ない」状況にもなっている。

 

 

あるもないも、共に、一緒に、のもの。

 

 

年齢とか性別とか、括りを付けず、

遅い早いと決めるで無く。

 

 

取り戻せない、取り戻す

という言葉の表現で納めずに…

過去は過去

今は今

未来は未来

その時々で、味わい方を自分で自在に出来るもの。

 

 

乗り遅れた!って、自分に一喜一憂するよりも、

その場ですぐに違うルートを調べたら、実はそのルートにした方が、結果的に早く辿り着いた、なんてことも、いくらでも起こるもの。

 

準備万端、大丈夫!の時に限って、想定外が起きたりして、対処に戸惑って、あたふたしりも起こるもの。

 

 

どっちも、起こり得るもの。

 

 

ー自分が観たいように見てる今と世界で、今起きていることも、世界も、彩られている

 

 

後悔も失敗も、「ある」もので、

そのあるが無ければ、気付けること、成長は「ない」もの。

 

 

自分で全て叶えてきた、誰にも頼らず生きてきた、と、思い込んでいる、出来ていると感じていた方が、仮に、居たとしたら、

その「ある」があったことで、

人と痛みを分かち合ったり、人と共に何かをしていく喜びを、観じるこころは、「ない」ことで、

あなたと、皆で、という拡がりの世界は「ない」。

って、ちょっと極端な例えですけど♡

 

 

「ある」ことと「ない」ことは、

いつも隣り合わせ。

いつも一緒。

 

 

あなたの「ある」とあなたの「ない」は、いつも一緒。

対の関係。

 

 

だから、

あなた と わたし

も、対の関係。

 

 

自分に寄り添うことは、相手に寄り添うことに通ずること

 

 

素直じゃ無いなぁと感じた時に、素直になれることがあって

自分至らないなぁって、感じた時に、至る自分を振り返れる

 

出来てるなぁって、想うほど、出来てないことに気付いてなくて

伝わってると、想ってるほど、実はまったく、伝わってなくて

 

…と、

その時々で、落ち込んだり励まされたり…の繰り返し♡

 

 

価値を感じるも感じないも、

無駄と感じるも感じないも、

 

価値あるという、定義のようなものに、拘るも拘らないも

無駄は無駄しかないとするも、無駄は豊かさとするも

 

 

ぜーんぶ、

ーわたしの中のことー

 

 

あるとない

 

対のもの。

 

共に、のもの。

 

繋がるもの、結ばれているもの。

 

 

たった一つで、単体で成り立ってるものは、無いから。

あなたあっての、わたし、であるように。

 

 

あるとない

ないとある

 

  

 

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★5月からの新メニューです 

 

 ●無限(SとS)はわたしの中に(I)

 〜自分棚卸し   【 S / I / S 】〜

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●あなた様限定フルコースお贈りします

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