〜星のせせらぎ 太陽と月〜

こころ・からだ・魂、笑顔・元氣・幸せ、これら3つで1つの言葉を大切に、言の葉 (音と耳、観じること)手 (氣、空気、活力)目 (見守る、みつめる、慈しむ、愛)をもって、日々を日常を楽しく過ごすこと、自分の勤めにこころ寄り添い過ごしています。おからだ・お顔セラピー、インナーチャイルドケアセラピー、心理占星術・トートタロットリーディングのセッションなどに従事。

祈り・平和

明日で、7年。

 
昨年のちょうど今日も、前日の今日に想うことがありました。
 
 
その想いを添えて、2017年3月10日のブログに紡がせて頂いた言葉。
 
 
 
 
一年経った今日も、昨年と同じ、そのままの言葉で、昨年のブログの記事を、そのままに、ここに載せたいと思いました。
 
 

明日  3月11日へ

祈りと願いのこころを添えて

今年も今を明日を

過ごしたいと思います。

 

 

 

今日は3月10日。

 

この時期だから、この時だから、特に感じているのか…

分からないけれど、

わたしの中に、溢れていた言葉たち。

 

 

ー3月11日

 

6年前に起きた、東日本大震災への、祈りと願いと、

東北のみなさま、お一人お一人の平穏な日々への祈り

そして、全ての人々への平穏を祈って。

 

わたしの今のこころのままに、綴ること、

そのこころに添って、このテーマを紡ぎたいと想います。

 

 

わたしは、救われたって、感じることが、場面場面で、とてもあったし、助けられたと感じることも、そう。

今現在も、たくさんあります。

 

救う、助ける、という言葉たちに、抵抗は無いし、むしろ、この言葉たちは、人にとって、力となる言葉だと想っています。

 

 

言葉って、その方々の生まれた時代背景、環境、経験、関わってきた人たちや、育んできたもの、成長過程によって、言葉一つとっても、解釈や認識、表現の仕方、捉え方、使い方は千差万別で。

 

 

だから、ということは、確かにあるかも知れない、とも想っていて。

 

 

その中、わたしは、

 

ー救い 助け

 

という言葉は、これからの一人一人の心の中に、とても大切で、必要な言葉だと感じています。

 

 

わたしにとっての

 

ー救い

 

は…

 

目の前に歩いていた方が、突然目の前で躓かれて、転んでしまった姿があったとして、

そこに手を差し伸べて、その方の転んでしまった身体の状態から、立ち上がる時に、手と手を取り合うこと。

 

その立ち上がった時に、洋服に土などが付いていたら、一緒に払って差し上げて、

 

『擦り傷無いですか。』

 

ですとか、

 

『どこか痛い所、無いですか。』

 

といった、お伺いをして、大丈夫ですよ、といおっしゃるのなら、

 

『それでしたら、良かった。道中お気をつけて。』

 

というように、お言葉添えて、その場を離れること。

 

だから、日常の一場面と捉えていて。

 

 

ー助ける

 

ことについて言うのなら、

 

地図を持って、これから何処かへ行こうされている、目的地がありそうな方が目の前にいらっしゃって、

次は、どの道なりだ?こっち?!いや、あっちかな?!いや、まてよ、というような、ウロウロキョロキョロしているご様子の方に、

 

『どうされました?道、お探しですか?』

 

って、お尋ねすること。

 

だから、こちらも、日常の一場面と感じる言葉。

 

その時に、

 

『あぁー!助かりますー!実はどこどこへ…』

 

と、おっしゃるなら、その時に、一緒に地図を観て、どれどれ?になるし、

 

その場所を伺っても、わたしにはチンプンカンプンであったら、

 

他の方に一緒にお伺いを立てるなど、その場で自分のできることでの関わりをもって、

わたしでない、別の方で、その行き方にお詳しい方がいらっしゃったなら、ある種バトンタッチするようにして、

 

『では、わたしはこれで…』

 

って、その場を立ち去ることで。

 

だから、助ける、という言葉にも、なんら、特別なことと思っていないし、こうだあぁだと、定義?するようなものでもなくって。

 

 

ー日常

 

救いも助けも、日常であること。

 

 

躓いて転んで無い人に、

 

『転びました?!今?』

 

なんて、道端で急に聴く訳は無いだろうし、

 

キョロキョロしてない人に、

 

『今、確実に道、迷ってますよね?!』

 

なんて、突如お伺いをすることも無いだろうし。

 

だから、救いと助けは、日常で、

 

過度に過敏になりながら、使う必要のある言葉では無くて。

 

 

だから、

日常において、色々な場面で溢れている光景の中に、

この救いと助けも、

自然なこととして、

その時々の人との関わりや対話の中で、

こころ通わせ、寄り添わせ、歩み寄る時間と場の中に、

お互いがお互いへ自然に、表現し合えるものとして、

そのこころを大切にしていきたいと、感じています。

 

 

その救いと助けも含まれた、日常の中に、

自然なものとして、

お互いの対話と交流の中に、

笑顔が溢れ、喜びが溢れ、

一人一人の幸せが溢れている、

場と空間、時間があることを、

大切にしていけるように。

 

 

世代、性別、立場、国籍、

すべてを超えて、一緒に育んでいける場と時間を創っていく、

心通わせ、寄り添い合って、一緒に歩む道に、結んでいけますように。

 

 

明日 3月11日へ

祈りと願いのこころを添えて。

 

 

 

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